東京地方裁判所 昭和50年(ワ)2246号 判決 1978年6月06日
原告
菊池忠
被告
第三京王自動車株式会社
主文
一 被告は原告に対して金一四〇万一、九〇〇円及びこれに対する昭和五〇年四月九日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを八分し、その七を原告のその余を被告の負担とする。
四 この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一申立
(原告)
一 被告は原告に対して金一、二八六万円及びこれに対する本訴状送達の翌日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
(被告)
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
との判決
第二主張
(原告)
「請求原因」
一 事故の発生
昭和四九年六月二七日午後九時三八分頃東京都港区新橋五丁目二番二号先路上を原告がバイクを運転して走行中、菅野政夫運転の乗用車(練馬五五い五五四四、タクシー以下「被告車」という)に衝突されて、原告は右肩胸部、腹部、右股関節、右下腿の打撲、右大腿挫創の傷害を負つた。
二 被告の責任
被告は菅野政夫の使用者で且つ被告車の保有者であるから、自賠法三条により本件事故により原告の蒙つた損害を賠償すべき責任がある。
三 損害
前記傷害のため原告は入院一〇四日、通院八三日の治療を受けたが障害等級一〇級の後遺症が残るところとなつた。原告はそば店の経営者であり事故当時の年収は六四〇万二、五四〇円(月収五三万三、五四五円)であつた。
(一) 休業損害 三二〇万一、二七〇円
六ケ月間休業したので右金額となる。
(二) 逸失利益
後遺症の程度に鑑み原告は労働能力の二七%を五年に亘つて喪失しすると認められるので、年収六四〇万二、五四〇円の二七%を五年に亘つて喪失するとみてライプニツツ方式により中間利益を控除して現価に引直すと右金額となる。
(三) 慰藉料 一六一万円
入通院分六〇万円、後遺症分一〇一万円の右金額の慰藉料が相当である。
(被告)
「請求原因に対する答弁」
請求一、二項中、原告の傷害の程度は知らないが、その余はすべて認める。
同三項中、原告に後遺症が残つたこと及び休業損害が生じたことは否認し、その余も争う。すなわち原告が治療を受けた麻布病院は原告に後遺症はないと診断している。また事故後においても原告は株式会社菊忠から月額五〇万円の給与の支払を受けていたのであるから休業損害は発生していない。
「過失相殺の抗弁」
本件事故は、被告車の運転手において左折するに際して左折地点の二〇ないし二五メートル手前で合図をし、左後方を見て、後続車両を確認したところ、見当らなかつたので進行左折したものである。よつて被告側に過失があるも原告においても前方を注視しておれば右前方を進行する被告車の右のような状況を容易に発見して事故を回避できたのにこれを怠つたため衝突に至つたのであるから損害額算定にあたりこの点考慮さるべきである。
そして被告は、原告に昭和五〇年六月三〇日までの治療費として一〇一万二、九〇〇円を支払つているので、この分の弁済分を考慮すべきである。
第三証拠〔略〕
理由
一 請求原因一、二項中、本件事故により原告がその主張どおりの傷害を負つたことは、成立につき争いのない甲第一号証、同第一三号証の一一、一二によつて認められ、その余の点は当事者間に争いがない。よつて被告は運行供用者として自賠法三条により原告が本件事故によつて蒙つた損害を賠償すべき責任がある。
二 なお被告は本件事故発生につき原告にも過失があつた旨主張するのでこの点について検討しておくに、成立につき争いのない甲第三号証の二ないし一〇、同号証の一三、原告本人尋問の結果によれば、本件事故は、日比谷方面から三田方面へと通じる両側に歩道の設置された車道幅員二二・七メートル(片側三車線)の道路が日比谷方面から見て左方へと伸びる幅員六・三五メートルの道路と交差するT字型交差点上で生じたもので、付近は平坦で舗装されており、当時夜間であつたが道路両側に街灯が設置されていて明かるく見通しは良かつたこと、事故は、被告車が日比谷方面から歩道から四・五メートル所を進行して来てこの交差点を左折したところ、その左側後部に、被告車よりも外側歩道沿いを後方から時速三〇キロ位で追従して来た原告運転のバイクが衝突、転倒して原告及びバイク後部に乗つていた同乗者が路上に投げ出されたものであること、すなわち被告車の運転手たる菅野政夫は被告車を制限速度の時速四〇キロ位で運転して左折するべく右交差点手前約二〇メートルの地点で左折合図をするとともに、左後方を確認したが、後続車両を認めなかつたのでそのまま進行して左折を開始するとともに時速二五キロ位に減速したところ、車首が左方道路に入つた地点あたりで衝突が生じ、被告車はさらに約八メートル進行して停止したこと、原告は衝突直前まで被告車の存在にまつたく気付かず、前面にこれを認めて急制動をかけるも及ばず事故に至つたことの各事実が認められる。
右認定事実からすると、被告車において交差点手前約二〇メートルの地点から左折の合図をしていたにもかかわらず、原告はまつたく気付いていないのであるから、原告にも前方不注視があつたと推認される。しかし右事実からすると、被告車の運転手たる菅野政夫は、左折するに際し、予め道路左側によることなく且つ後続車の有無の確認不充分なまま急に左折したわけで、この菅野政夫の過失が本件事故の主たる原因であると考えられるので、右原告の過失は損害額の三割を減ずる程度で斟酌するのが相当である。
三 成立につき争いのない甲二号証、同第四、第五号証、同第六号証の一ないし四、同第七号証、乙第一ないし第三号証、原告本人尋問の結果によれば、前記傷害の治療のため原告は事故当日の昭和四九年六月二七日から同年一〇月八日までの一〇四日入院し、退院後も翌昭和五〇年六月までの間約八〇日間通院したところ、同日治ゆした旨の診断を受けたこと、後遺症はないとの診断であつたが、原告の右上腕、右側腹部、右足に扶つたような傷跡が残り、特に右足の傷については筋肉が切れていて天候不順の際には痛むほか過激な動きができないこと、原告は不動産業を営む株式会社菊忠商事、そば屋を営む株式会社菊忠の代表取締役をしていて両会社から報酬を貰つているのであるが、前者はその業務を委託に出していて従業員はいない、後者は従業員一二、三人を抱え、原告自身も調理場を管理する仕事などをしていること、しかるに前記の入院治療中及び松葉杖をつく状態で退院したため六ケ月近くは休業せざるを得なかつたのであるが、この間も原告は株式会社菊忠商事からは勿論、株式会社菊忠からも報酬を受け、特に後者からは事故発生前月の報酬額(五〇万円)の支払を受けており、そして事故のあつた昭和四九年はこれらを含めて原告は六四〇万二、五四〇円の所得申告をしたこと、もつとも原告が休業したため株式会社菊忠の売上げは二〇〇万ないし三〇〇万円減少し、現在でも前記のごとく後遺症のため充分に稼働できないところから、原告は売上げが減少していると判断していること、の各事実が認められる。
以上の事実を前提として本件事故による原告の損害を算出すると次のとおりとなる。
(一) 休業損害 八五万二、七九〇円
原告は、休業期間中株式会社菊忠から支払を受けた分については返還を要する旨供述するのであるが、原告は役員として役員報酬等の支払を受け得る地位にあつたこと並びにこの分について所得申告をしているのであるから、措信できないとこである。
もつともだからといつて原告の休業による損害がすべて填補済とみるのは、原告の収入は役員報酬だけではなく並びに原告が株式会社菊忠を休業し、その結果同社の売上げが減少していることに鑑み不合理であろう。しかしながら前記のごとき事実からすると原告の休業損害はその大部分を填補を受けたと考えられるので、その額は少な目に見積らざるを得ず、結局昭和四九年度賃金センサスに基き、男子労働者学歴計の平均賃金の五ケ月分たる八五万二、七九〇円とみるのが相当である。
なお原告は後遺症による逸失利益をも請求しているが、前記原告の後遺症の程度、原告の地位等からするとこれを認めるに足る証拠はないと考えざるを得ず、後遺症のため原告が不自由している点は慰藉料において斟酌するにとどめるのが相当である。
(二) 慰藉料 一一五万円
前記原告の傷害の程度、入、通院の期間、後遺症の程度からすると原告の過失を考慮しなければ、その慰藉料は右額相当である。
(三) 過失相殺
右合計は二〇〇万二、七九〇円となるところ、前記のとおり原告の過失を斟酌してその三割を減じた一四〇万一、九〇〇万(一〇〇円未満切捨)を原告は被告に請求できることとなる。
なお被告は治療費として支払つた一〇一万二、九〇〇円をも損害に加算したうえ過失相殺をなすべきであると主張しているが、原告が損害のうちその主なものしか本訴で請求していないことからすると、本件では右支払済の治療費については過失相殺の対象から除外するのが相当と考える。
四 以上の次第で原告の本訴請求は被告に対して一四〇万一、九〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日たる昭和五〇年四月九日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認容し、その余の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡部崇明)